今の泊村
北海道南西部、積丹半島の付け根の西側にある村です。日本海に面した古宇郡の村で、海岸沿いに集落が並びます。漁業と観光が基幹産業で、泊の入り江は古くから漁場でした。村内には北海道電力の泊発電所があります。茅沼炭鉱跡は北海道最古の炭鉱の跡で、盃温泉もあります。ニシン漁で栄えた時代の鰊御殿が残ります。
今の泊村の区域の人口は、2020年の国勢調査で1,569人です。今の区域で数えた1980年の2,788人とくらべると43.7%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は39.8%です。
主な産業:漁業と観光が基幹産業です。
特産品・名産
- 甘づけウニ小塩で一夜漬けにした珍味
- 鮭トバ前浜の銀毛鮭を干した珍味
- 泊の宴村の特産品とされる純米吟醸酒
見どころ・祭り
- 鰊御殿とまり旧川村家番屋と旧武井邸客殿
- 茅沼炭鉱跡北海道最古の炭鉱
- とまりカブトラインパークカブト岬を望む公園
- 泊村アイスセンター「とまリンク」通年で滑れるスケートリンク
- 盃温泉村内の温泉
木サクラ花エゾスカシユリ泊村の木・花
泊村のなりたち
泊村(とまりむら)は、北海道後志地方の村です。今の区域の大部分は、1920年(大正9年)の時点では泊村でした。
1920年の時点で、この区域の町村は古宇郡に属していました。
「泊村」という名前
「泊」は、アイヌ語の「ヘモイトマリ」(マスを寄せる入海)に由来します。「トマリ」は船が停泊できる入り江を意味する言葉で、泊の入り江が地名のもとになりました。泊の入り江は昔から漁場として使われ、のちに泊・盃・興志内の3村がありました。1909年(明治42年)に二級町村制を施行したとき、村名を泊村としました。
まちの成り立ち
泊では、鎌倉時代のころから多くのアイヌの人たちが漁業を営んでいたとされます。1601年(慶長6年)に近江の田村新助が漁場開拓団の両浜組を作って「トマリ」に本拠を置き、漁場を経営しました。これが和人による漁業の始まりです。1752年(宝暦2年)に松前藩が運上屋の制度で漁業を統制しましたが、1869年(明治2年)にこの制度が廃されて自由漁業になると、来住する人が増え、村ができていきました。1882年(明治15年)に泊・盃・興志内の3村の戸長役場が置かれ、1906年(明治39年)4月には岩内郡の堀株・茅沼の2村を編入しました。1909年(明治42年)4月1日に二級町村制を施行して泊村になり、1923年(大正12年)4月1日に一級町村制となりました。同じ年の9月には発足村との境界が改められ、大字堀株村の一部が分けられています。村内の茅沼炭鉱は、1856年に見つかった北海道で最も古い炭鉱です。漁業と観光が基幹産業で、村には北海道電力の泊発電所があります。
年表
- 1882年古宇郡に泊・盃・興志内の3村を受け持つ戸長役場が置かれた。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1906年4月明治39年岩内郡の堀株村・茅沼村が泊の戸長役場の区域に加わった。種類:編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1909年4月1日明治42年泊・盃・興志内・茅沼・堀株の村々の区域で二級町村制が施行され、泊村となった。種類:町村制 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年4月1日大正12年泊村が一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1923年9月1日大正12年発足村との境界変更で、大字堀株村の一部が発足村に移った。種類:一部編入 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。