今の利尻町
宗谷地方の西、日本海上にある利尻島の西部にある町です。山と海にはさまれた土地で、険しい地形の海岸に集落が点在し、北部の沓形と南部の仙法志が中心です。町内には利尻礼文サロベツ国立公園の一部があり、利尻山(利尻富士)が島の中央にそびえます。漁業と観光が盛んで、現在は利尻昆布の養殖やウニなどの近海漁業が中心です。
今の利尻町の区域の人口は、2020年の国勢調査で2,004人です。今の区域で数えた1980年の5,828人とくらべると65.6%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は40.4%です。
主な産業:利尻昆布の養殖やウニなどの近海漁業と、観光が中心です。
特産品・名産
- 利尻昆布だしが取れる昆布。養殖も行われる
- 利尻うに利尻昆布を食べて育つウニ
- おぼろ昆布・とろろ昆布利尻昆布の加工品
見どころ・祭り
- 利尻町立博物館町の歴史を展示
- 沓形岬公園沓形の岬の公園
- 見返台園地町内の展望地
- 仙法志御崎公園ゴマフアザラシが見られる
- 麗峰湧水町内の湧水
木ハイマツ花チシマザクラ、エゾカンゾウ鳥リシリコマドリ利尻町の木・花・鳥
利尻町のなりたち
利尻町(りしりちょう)は、北海道宗谷地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、2の町村がありました。沓形村・仙法志村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の利尻町になりました。
今の名前「利尻町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの2の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の仙法志村が約45km²だったのに対し、今の利尻町は約88km²と、およそ2.0倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は利尻郡に属していました。
「利尻町」という名前
「利尻」は、アイヌ語の「リ・シㇼ」(高い島の意)に由来するとされます。利尻島にある利尻山の姿に由来する名です。1949年(昭和24年)11月1日に沓形村が町制を施行して沓形町になり、1956年(昭和31年)9月15日に沓形町と仙法志村が合わさって、利尻町が置かれました。
まちの成り立ち
旧沓形町は、江戸時代に松前氏がリイシリ漁場を置いて以来、開けた地域です。旧仙法志村は、明治維新のあとニシン漁場の開発が始まり、明治3年ごろから定住して漁業に従事する人びとが現れました。1885年(明治18年)以降は汽船の開通とともに、福井・秋田・石川などの各県から出稼ぎや来住する人が増えました。1899年(明治32年)に沓形村戸長役場が置かれ、1900年(明治33年)に鬼脇村戸長役場から分かれて仙法志村戸長役場が置かれました。1902年(明治35年)4月1日に二級町村制が施行されて沓形村と仙法志村が生まれ、沓形村は1924年(大正13年)4月1日に一級町村制となりました。1949年(昭和24年)11月1日に町制を施行して沓形町になりました。1956年(昭和31年)9月15日、沓形町と仙法志村を廃して利尻町が置かれました。町内の字町名は、旧沓形町と旧仙法志村の名を大字のように冠して引き継がれ、集落は北の沓形と南の仙法志が中心です。
年表
- 1902年4月1日明治35年利尻郡で北海道二級町村制が施行され、沓形村と仙法志村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1924年4月1日大正13年沓形村が北海道一級町村制を施行した。種類:その他 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1949年11月1日昭和24年沓形村が町制を施行し、沓形町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
- 1956年9月15日昭和31年沓形町と仙法志村が合併し、利尻町が発足した。種類:新設合併 出典:www.pref.hokkaido.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。