今の高浜町
福井県の最西端、若狭地方の西部にある町です。北は若狭湾に面し、京都府との境には若狭富士と呼ばれる青葉山がそびえます。和田から高浜を経て青郷に至る海岸には白い砂浜と松林が続き、夏は海水浴の客が訪れます。内浦地区ではリアス式の海岸が続き、音海半島が突き出しています。漁業やふぐの養殖が行われる海辺のまちです。
今の高浜町の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,326人です。今の区域で数えた1980年の11,818人とくらべると12.6%減り、人口は1990年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は32.7%です。
主な産業:漁業やふぐの養殖、海水浴などの観光が中心で、原子力発電所も立地します。
特産品・名産
- 若狭ふぐ町内で育てられる。冬にふぐまつりが開かれる
- 杜仲茶町の木の杜仲の葉を使った茶
- 若狭たかはま鮨すし発祥の地をうたう町の名物
見どころ・祭り
- 青葉山若狭富士とも呼ばれる名山
- 音海半島音海大断崖などの岸壁が続く
- 若狭和田海水浴場日本の夕日百選に選ばれた
- 日引の棚田日本の棚田百選に選ばれた
- 中山寺本堂と本尊の馬頭観音坐像が重要文化財
木トチュウ花ハマナス高浜町の木・花
高浜町のなりたち
高浜町(たかはまちょう)は、福井県嶺南地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。内浦村・和田村・青郷村・高浜町です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の高浜町になりました。
今の名前「高浜町」は、1920年にあった高浜町の名前を受け継いでいます。ほかの3の町村の名前は、自治体の名前としては消えましたが、地区の名前や学校、駅などに残っていることが少なくありません。
面積は、1920年の高浜町が約12km²だったのに対し、今の高浜町は約72km²と、およそ6.2倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は大飯郡に属していました。
「高浜町」という名前
「高浜」という名の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で、中津海村・鐘寄村・畑村・立石村・高浜村などがまとまって高浜村ができ、もとの村の名が新しい村の名になりました。1912年(明治45年)に町制を施行して高浜町となります。1955年(昭和30年)に青郷村・和田村・内浦村と合併して新しい町が生まれたときも、高浜町の名が受け継がれました。
まちの成り立ち
高浜町は福井県のいちばん西にあり、京都府との境には青葉山がそびえます。この山は標高699メートルで、その姿から若狭富士と呼ばれています。古くから若狭湾の海の幸に恵まれた土地で、戦国時代には逸見氏がこの地で勢力をふるいました。江戸時代には小浜藩の領地となりました。
1889年(明治22年)の町村制で、大飯郡に高浜村・内浦村・青郷村・和田村ができました。高浜村は1912年(明治45年)4月1日に町制を施行し、高浜町となります。
1955年(昭和30年)2月11日、高浜町と青郷村・和田村・内浦村が合併し、新しい高浜町が生まれました。今の町域はこのときのものです。1985年(昭和60年)には、町村合併30周年を記念して杜仲が町の木に定められました。北は日本海に面し、和田から高浜を経て青郷に至る海岸には白い砂浜と松林が続きます。夏は関西や中京から海水浴の客が訪れます。リアス式の海岸が続く内浦地区には、原子力発電所があります。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、大飯郡に高浜村・内浦村・青郷村・和田村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1912年4月1日明治45年大飯郡高浜村が町制を施行して高浜町となった。種類:町制施行 出典:Wikipedia
- 1955年2月11日昭和30年大飯郡の高浜町・青郷村・和田村・内浦村が合併し、改めて高浜町が発足した。種類:新設合併 出典:Wikipedia
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。