今の美浜町
福井県の南西部、若狭地方の東端にある町で、若狭湾に面しています。東の敦賀半島と西の常神半島のあいだの湾を囲むように町域が広がります。若狭町との境には三方五湖があり、久々子湖と日向湖が町内にあります。耳川の流域に平地が開け、滋賀県との境の山地には嶺南地方の最高峰の大御影山があります。農林水産業と観光、原子力発電所の立地するまちです。
今の美浜町の区域の人口は、2020年の国勢調査で9,179人です。今の区域で数えた1980年の13,036人とくらべると29.6%減り、人口は1985年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は36.2%です。
主な産業:農林水産業と観光が中心で、関西電力の美浜発電所も立地します。
特産品・名産
- 鯖のへしこ「へしこの町」を宣言した町の郷土の味
- ふぐ冬の特産として売り出している
- アオノリ1974年に丹生で養殖に成功した
見どころ・祭り
- 三方五湖久々子湖・日向湖が町内にある
- 三方五湖レインボーライン三方五湖を見下ろす山頂への道路
- 日向の水中綱引き国の選択無形民俗文化財の綱引き行事
- 敦賀半島町の東側に突き出す半島
木マツ花ツツジ美浜町の木・花
美浜町のなりたち
美浜町(みはまちょう)は、福井県嶺南地方の町です。今の町の区域には、1920年(大正9年)の時点で、4の町村がありました。山東村・北西郷村・耳村・南西郷村です。これらの町村が、1回の合併や編入を経て、今の美浜町になりました。
今の名前「美浜町」は、1920年にあったどの町村の名前とも違い、合併のときに新しくつけられた名前です。もとの4の町村の名前は、自治体の名前としてはすべて消えました。
面積は、1920年の耳村が約86km²だったのに対し、今の美浜町は約152km²と、およそ1.8倍になりました。
1920年の時点で、この区域の町村は三方郡に属していました。
「美浜町」という名前
美浜町の名は、1954年(昭和29年)に4つの村が合併したときに付けられました。この地域は昔「弥美庄(みみのしょう)」とも呼ばれていたので、そこから「美」の字をとりました。また、合併した4村はどれも海に面し、美しい浜辺があったことから「浜」の字を合わせました。合わさったのは三方郡の北西郷村・南西郷村・耳村・山東村です。
まちの成り立ち
美浜町は若狭地方の東の端にあり、若狭湾に面して背後に山がせまる地形です。東の敦賀半島と西の常神半島にはさまれた湾を囲むように町が広がり、三方五湖のうち久々子湖と日向湖が町内にあります。耳川の流域に平地が開けています。
1889年(明治22年)の町村制で、三方郡に西郷村・耳村・山東村ができました。1898年(明治31年)には西郷村の早瀬・笹田・日向が分かれて北西郷村となり、残りは南西郷村と名を改めます。
1954年(昭和29年)2月11日、北西郷村・南西郷村・耳村・山東村が合併して美浜町が生まれました。2005年(平成17年)に三方町が上中町と合併して若狭町となってからは、美浜町だけで三方郡をつくっています。1960年代からは敦賀半島で関西電力の美浜発電所の建設が進みました。2005年(平成17年)には「へしこの町」を宣言し、鯖のへしこを町の味として広めています。久々子湖ではボート競技が盛んで、1988年にボートが町技と決められました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、三方郡に西郷村・耳村・山東村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
- 1898年4月1日明治31年三方郡西郷村の一部(早瀬・笹田・日向)が分かれて北西郷村が発足し、残りは改称して南西郷村となった。種類:分割 出典:Wikipedia
- 1954年2月11日昭和29年三方郡の北西郷村・南西郷村・耳村・山東村が合併して美浜町が発足した。種類:新設合併 出典:www.town.fukui-mihama.lg.jp
今の区域にあった町村
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。