今の六ヶ所村
下北半島の付け根の太平洋側にある、南北に長い村です。高瀬川が流れ、鷹架沼や尾駮沼などの沼が点在します。吹越烏帽子や御宿山などの山があり、冷たい北東風のやませが吹く地域です。古くから名馬の産地でした。原子燃料サイクル施設や国家石油備蓄基地、風力発電所が集まるエネルギー関連の村で、根菜類の栽培や畜産、漁業も営まれています。
今の六ヶ所村の区域の人口は、2020年の国勢調査で10,367人です。今の区域で数えた1980年の11,104人とくらべると6.6%減り、人口は2000年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は25.8%です。
主な産業:原子燃料サイクル・石油備蓄・風力発電などのエネルギー産業と、農業・畜産・漁業です。
特産品・名産
- 長いもやませに強い根菜として作られる特産品
- ごぼう根菜に合う土で作られる野菜
- 乳製品村で育つ乳牛の乳を使った特産品
- 高瀬川のシジミ高瀬川で今も続くシジミ漁
- ウニ・アワビ泊地区の磯浜でとれる
見どころ・祭り
- 泊のまるきぶね国の重要有形民俗文化財の丸木舟
- 物見崎灯台泊地区にある灯台
- タタミ岩泊地区の海岸にある岩
- 村立郷土館尾駮にある郷土資料館
木クロマツ花ニッコウキスゲ鳥オジロワシ六ヶ所村の木・花・鳥
六ヶ所村のなりたち
六ヶ所村(ろっかしょむら)は、青森県上北地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに六ヶ所村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。
1920年の時点で、この区域の町村は上北郡に属していました。
「六ヶ所村」という名前
「六ヶ所」は、1889年(明治22年)の町村制で、平沼・倉内・鷹架・尾駮・出戸・泊の六つの村が集まってできたことによる名です。六つの村の名には、それぞれ馬にちなむ言い伝えが200年ほど前の文書に残っています。源頼朝の軍馬になったという名馬「生食(いけづき)」が門出た所が出戸、背中が沼のように平らだったので平沼、尾がまだらだったので尾駮、鎌倉へ送る途中に泊まった所が泊、と伝えられています。
まちの成り立ち
六ヶ所村は下北半島の付け根の太平洋側にあり、南北に長い村です。高瀬川が流れ、鷹架沼や尾駮沼などの沼が点在します。古くから名馬の産地として知られました。1793年(寛政5年)の冬には、旅行家の菅江真澄が、平安時代の和歌集に詠まれた「おぶちの牧」を見るためにこの地を訪れ、約2週間を過ごして旅日記を残しました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、上北郡の平沼・倉内・鷹架・尾駮・出戸・泊の6村が一つになり、六ヶ所村が発足しました。それから今まで合併も町制施行もなく、六つの村の区域がそのまま一つの村として続いています。村内には富ノ沢遺跡など145か所の遺跡があり、泊地区の丸木舟は国の重要有形民俗文化財です。冷たい北東風のやませが吹くため、農業では冷害に強いナガイモやごぼうなどの根菜類が作られ、畜産や、スルメイカ・サケの漁業も営まれています。原子燃料サイクル施設や国家石油備蓄基地、風力発電所などが集まり、エネルギー関連の施設の多い村になりました。
年表
- 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、上北郡の平沼村・倉内村・鷹架村・尾駮村・出戸村・泊村の6村が合併して六ヶ所村が発足した。種類:町村制 出典:www.rokkasho.jp
- 2002年1月17日平成14年十和田市・三沢市など上十三地域の10市町村が市町村合併共同研究会を設けたが、同年5月以降は活動を休止し、六ヶ所村は合併しなかった。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp
名前の歩み
帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。