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東通村ひがしどおりむら

東通村は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている村です。

1町村から

今の東通村

下北半島の北東部を占め、東は太平洋、北は津軽海峡に面する村です。中央を低い下北丘陵が南北に通り、西は田名部平野につながります。東の太平洋沿いには大きな砂丘や沼が連なります。北端の尻屋崎では寒立馬が放牧されています。農業と漁業に加え、原子力発電所や風力発電などエネルギー施設が立地する村です。

今の東通村の区域の人口は、2020年の国勢調査で5,955人です。今の区域で数えた1980年の9,975人とくらべると40.3%減り、人口は1980年をピークに減っています。65歳以上の人の割合は35.5%です。

5,955人人口(2020年)
−40.3%1980年からの増減
317.3km²面積(概算)
19人/km²人口密度
35.5%65歳以上の割合
9,9751980199020052020
15歳未満 10.6%15〜64歳 53.8%65歳以上 35.5%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:米・そば・ブルーベリーなどの農業、東通牛の畜産、サケ・イカ・ウニなどの漁業が主体です。

特産品・名産

  • 東通牛村で育てる肉用牛のブランド
  • そば水稲とともに力を入れる作物
  • ブルーベリー村が生産に力を入れる果物
  • アワビ・ウニ二つの海でとれる貝類

見どころ・祭り

  • 尻屋崎尻屋埼灯台が立ち、寒立馬が放牧される
  • 浜尻屋貝塚アワビの貝層で覆われた中世の漁村跡
  • 鹿橋千年桂村の天然記念物の桂の大木
  • 左京沼マリモが国の天然記念物

木イチイ花ノハナショウブ鳥オオセグロカモメ東通村の木・花・鳥

東通村のなりたち

東通村(ひがしどおりむら)は、青森県下北地域の村です。1920年(大正9年)の時点ですでに東通村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい村です。

1920年の時点で、この区域の町村は下北郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
317km²今の面積

「東通村」という名前

「東通」の名の由来ははっきりしていません。1889年(明治22年)の町村制で、大利・目名・蒲野沢・野牛・岩屋・尻屋・尻労・猿ヶ森・小田野沢・白糠・砂子又・田屋の12の村の区域をまとめて生まれた村の名です。下北半島の東側にあたる地域で、発足から今まで村の名は変わっていません。

まちの成り立ち

東通は下北半島の北東を占める村で、東は太平洋、北は津軽海峡に面します。江戸時代は盛岡南部氏の領地で、田名部の代官所が治めていました。明治4年の大区・小区制で、今の村の骨格ができました。1889年(明治22年)の町村制で、下北郡の大利・目名・蒲野沢など12の村の区域をもって東通村が発足しました。集落が広く散らばっていたため、役場は隣の田名部町に置かれました。役場を村内の砂子又に移したのは、それから約100年後の1988年(昭和63年)です。その後は合併をしておらず、平成の合併の時期にも、むつ市を中心とする合併の話し合いには加わりませんでした。村の中央には低い下北丘陵が南北に走り、西は田名部平野につながります。北端の尻屋崎には尻屋埼灯台が立ち、寒立馬が放牧されています。東の海岸近くには大きな砂丘や沼が連なり、太平洋側には東通原子力発電所があります。浜尻屋貝塚など、中世の遺跡も多く残る村です。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、下北郡の大利村・目名村・蒲野沢村・野牛村・岩屋村・尻屋村・尻労村・猿ヶ森村・小田野沢村・白糠村・砂子又村・田屋村の区域で東通村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1988年隣の田名部町(のちのむつ市)に置かれていた村役場が、村内の砂子又に移された。種類:その他 出典:www.vill.higashidoori.lg.jp
  3. 2003年3月24日平成15年むつ市と下北郡などの8市町村がむつ下北地域任意合併協議会を設けたが、東通村は加わらなかった。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

東通村1889〜今

参考にした資料