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階上町はしかみちょう

階上町は、1920年からほぼ同じ区域のまま続いている町です。

1町村から

今の階上町

青森県の南東の端にあり、岩手県との境に階上岳を主峰とする山並みが連なる町です。海岸には段丘が広がり、太平洋に面しています。内陸では酪農や養鶏・養豚が行われ、海ではサケやスルメイカなどが水揚げされます。ウニとアワビを使った郷土料理のいちご煮や、そばの「階上早生」が知られます。八戸市に接し、ベッドタウンの性格も持つ町です。

今の階上町の区域の人口は、2020年の国勢調査で13,496人です。今の区域で数えた1980年の10,199人とくらべると32.3%ふえ、人口は2000年まではふえ、その後は少し減っています。65歳以上の人の割合は32.3%です。

13,496人人口(2020年)
+32.3%1980年からの増減
99.6km²面積(概算)
136人/km²人口密度
32.3%65歳以上の割合
15,6181980199020052020
15歳未満 9.6%15〜64歳 58.1%65歳以上 32.3%
今の区域の人口(国勢調査)。各回の市町村の人口を、今の区域にまとめて集計(境界の一部の移動は含まない)。面積は国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」

主な産業:酪農・養鶏・養豚と漁業が基幹産業で、八戸市のベッドタウンでもあります。

特産品・名産

  • いちご煮町を代表する郷土料理
  • 階上早生(はしかみわせ)青森県で唯一の奨励品種のそば
  • そば焼酎「早生のめぐみ」階上早生を使ったそば焼酎
  • 海藻ラーメン塩味で磯の香りのラーメン

見どころ・祭り

  • 階上岳ツツジの群生地
  • 寺下観音堂奥州糠部三十三観音の一番札所
  • 小舟渡海岸八戸藩が浦固めを置いた海岸
  • 茨島のトチノキ県の天然記念物

木けやき花つつじ鳥うぐいす階上町の木・花・鳥

階上町のなりたち

階上町(はしかみちょう)は、青森県三八地域の町です。1920年(大正9年)の時点ですでに階上村として今とほぼ同じ区域があり、それから一度も合併をしていない、県内でもめずらしい町です。

1920年の時点で、この区域の町村は三戸郡に属していました。

11920年の町村の数
0回合併・編入の回数
100km²今の面積

「階上町」という名前

「階上(はしかみ)」の名の由来には二つの説があります。一つは、昔の糠部の北の海沿いに階上郡があったという言い伝えから、1889年(明治22年)に階上岳の北のふもとの8村が一つになるときに名付けたという説です。もう一つは、岩手県との境にそびえる階上岳から村の名を取ったという説です。

まちの成り立ち

階上町は青森県の南東の端にあり、岩手県との境には階上岳を主峰とする山並みが連なります。海岸には段丘が発達し、太平洋へ注ぐ川と、新井田川の支流の流域が町を形づくっています。寺下地区には、奈良時代に建てられたと伝わる寺下観音堂があります。1664年(寛文4年)には八戸藩の領地となりました。1889年(明治22年)4月1日の町村制で、三戸郡の田代村・晴山沢村・平内村・鳥屋部村・金山沢村・赤保内村・道仏村・角柄折村の8村が一つになり、階上村が発足しました。1980年(昭和55年)5月1日、合併をせずに町制を施行し、階上町となりました。平成の合併の時期には、八戸市を中心とする合併協議会に加わり、2003年(平成15年)の住民投票では賛成がわずかに上回りました。しかし2004年に町議会が合併を求める議案を否決し、町は協議会を離れました。今は隣の八戸市のベッドタウンの性格も持ち、町内には八戸工業大学があります。

年表

  1. 1889年4月1日明治22年町村制の施行により、三戸郡の田代村・晴山沢村・平内村・鳥屋部村・金山沢村・赤保内村・道仏村・角柄折村が合併して階上村が発足した。種類:町村制 出典:Wikipedia
  2. 1980年5月1日昭和55年三戸郡階上村が町制を施行して階上町となった。種類:町制施行 出典:www.pref.aomori.lg.jp
  3. 2004年4月13日平成16年八戸地域での合併を求める議案が階上町議会で否決され、階上町は八戸地域合併協議会から離れた。種類:その他 出典:www.pref.aomori.lg.jp

名前の歩み

帯は、それぞれの町村が続いた期間(1889年〜今)です。

階上村→階上町1889〜今

参考にした資料